写経マシーン
写経マシーン オートメイト写経システム 「写経マシーン」は、筆と墨を備えた自作のCNC装置によって、延々と経文を書き写すメディアアート作品です。フルスクラッチで制作された機構は、Arduinoを用いた制御プログラムに従い、ロール紙の上に一文字ずつ経文を刻んでいきます。 本来、写経は人間が精神統一や祈りを込めて行う行為とされてきました。しかしこの作品で写経を行うのは、感情も精神も持たないとされる機械です。そこには、「精神性を欠いた存在が、精神性を求める行為を模倣すること」によって浮かび上がる問いが込められています。写経マシーンは、技術と信仰、機械と人間のあいだに横たわる境界を静かに問いかけます。 制作年:2010年 場所: OPEN GULAG, Delta Centre of Contemporary [ デン・ハーグ、オランダ ] 制作環境:Arduino 材料:マイクロコントローラー、カスタムプログラム、モーター、アルミニウム、墨、紙 担当箇所: コンセプト設計 ハードウェア制作 プログラミング 引き出されたロール紙に刻々と書写される文字列は、アルゴリズムによって制御された筆致の痕跡であり、人間的な「精神修養」と結びつけられてきた写経の実践を、無機的な機械の行為へと転位させる。ここで生じるのは「意味作用のずれ」である。通常、写経とは祈念や修行という超越的な目的と不可分に語られるが、本作においてはその精神性の基盤が不在である。むしろ、機械が精神を欠いたまま写経を遂行するという逆説的状況によって、私たちが「精神性」と呼んできたものの制度的構造が浮き彫りにされる。 この作品は、機械と人間、物質と精神、作業と修行といった二項対立を撹乱する批評的装置である。機械が反復する筆致は、データの演算結果でありながら、同時に伝統的な身体技法をトレースした痕跡でもある。そこに現れるのは、人間的精神の不在を暴露する機械の動作か、それともコードを媒介にした新たな「機械的祈り」の生成なのか。 観者は、紙上に増殖する文字の連なりを前にして、写経が宗教的儀礼である以前に「記録行為」「身体的痕跡」として成立していることに気づかされる。精神を持たない機械が生み出す「無意識の祈り」は、テクノロジー時代における「精神性のシミュレーション」を批評的に浮かび上がらせる。
